第13ステージ :ラ・セレナ-バルパライソ
リエゾン:378 km SS:157 km
 

今日のコース

 
ダカール・ラリー2014最後のSSは、いたるところにサボテンが生えている丘をいくつも抜けるコース。ここを過ぎたらいよいよバルパライソの人家が建て並ぶ丘の美しい光景が見えてくる。最終ゴールに近づくにつれ、じわじわと喜びと感動が湧き上がる。しかし、ここで気を抜いてはいけない。これまで何人の競技者がこの最後のステージで失敗したことか。ともかく慎重に走ることだ。たとえ、ゴールラインまであとわずかだとしても、最後の最後まで慎重に。表彰台が待っている。
 

カタルーニャ人が制したダカール・ラリー:
コマ、4度目の総合優勝、ローマ、レジェンド入り…

 
今大会スタートした競技者は全部で431台(モト174台、クワッド40台、オート147台、カミヨン70台)。そして、このバルパライソのゴールまで完走したのは204台(モト78台、クワッド15台、オート61台、カミヨン50台)、47%の完走率だ。ここ南米での第36回大会で印象づけられたのはカタルーニャ人たちの活躍。
 
モト部門ではKTMのマルク・コマとジョルディ・ビジャドムスが1,2フィニッシュ。一方オート部門でもナニ・ローマが総合優勝、モト部門での優勝以来の総合優勝だ。
 
モト部門ではフランス人、オリヴィエ・パン(Yamaha)が究極のリーダー、シリル・デプレを押さえてポディウムに上った。
 
オート部門ではMiniの1,2,3 フィニッシュ。波乱の順位入れ替わりの後に、結局ローマがペテランセルに5’38”の差で総合優勝となった。モト&オート部門で総合優勝した3人目の競技者。
 
クワッド部門では、26歳の若いイグナシオ・カザレ(Yamaha)が総合優勝、地元チリに有終の美を飾った。
カミヨン部門はアンドレイ・カルギノフ(Kamaz)がダカール・ラリー初の総合優勝。

 
昨年は、シリル・デプレと彼のウォーター・キーパー、ルーベン・ファリアがKTMの1,2フィニッシュを果たした。そして、今年は、マルク・コマと彼の忠実なアシスト、ジョルディ・ビジャドムスの2台のKTMが代わって1,2フィニッシュ。コマは2009年以来、4度目の総合優勝。2011年大会以降、1回のSSで大きくライバルと差を広げるコマの戦略があまり生かされてこなかった。今年は最初の4日間が過ぎたところ、チレシトのマラソンステージで最高のパフォーマンスを見せ、バレダ を総合トップから引きずり落とし、強敵、デプレが電気系のトラブルで勝利のチャンスを失う中、リーダーの位置に上った。そして、第5ステージで総合トップになってから、ライバルたちが転倒、メカ・トラブルなどタイムをロスしているにも関わらず、ミスすることなく、淡々と首位の位置を守り通した。
 
レースを最初に離脱したのは、昨年デプレと勝利を分かち合ったルーベン・ファリア(KTM)。続いて、チームメイトのチャレコことフランシスコ・ロペス(KTM)、共に転倒しリタイアを余儀なくされた。そしてHondaのパウロ・ゴンサルヴェスは第5ステージでバイクから火が出て、ポディウムへの夢が消えた。
 
その一方、Shercoのライダーらが熱い情熱をポディウムに向ける。ホアン・ペドレロ・ガルシアが第4ステージ優勝、第9ステージでSS3位など、何度も上位に食い込む。だが、総合順位は思うような位置に付けずに終わった。チームメイトのアラン・デュクロも第6ステージで優勝しただけでなく、休息日まで総合4,5位と最もポディウムに近い位置にいたが、第7ステージで転落、そしてその2日後ついにShercoのエンジンが息絶えた。
 
後半コマを一番脅かしていたライバル、ホアン・バレダ(Honda) 。コマがエンジン交換によるペナルティで15分というタイムを失い、二人の総合タイムの差が30分あまり、バレダ は総合優勝あと一歩というところをキープしていた。
 
ところが、最終ゴールまで3日というところ、コピアポの砂丘の中で転倒、2時間以上ものタイム・ロスにより総合7位に後退。最終ステージで優勝するも、150kmあまりのSSで大きな差を挽回できず、総合7位で幕を閉じた。
 
タイトル保持者、シリル・デプレは第5ステージでエンジンのオーバーヒートやナビゲーションミスなどにより12位に後退。しかし、最後まで絶対にあきらめず、粘り強く順位を挽回する。休息日で11位、休息日後は毎日少しずつ順位を上げ、ポディウムまであと一歩というところで、総合3位をオリヴィエ・パン(Yamaha)にさらわれてしまった。Yamahaは総合3,4位をとる一方、Hondaはエルダー・ロドリゲス5位、ホアン・バレダ 7位、ダニエル・グエ8位の成績。
 
レディスでは、カタルーニャ人、ライラ・サイツが総合16位というすばらしい成績で部門優勝した。これまで女性ライダーの最良の成績は、1981年総合10位のクリスティーヌ・マルタン、1982年の総合14位、ニコル・メトロ、1984年の総合15位、ヴェロニク・アンクティル。
 
オート部門を振り返って見ると、なんといっても驚きなのはダカール・ラリーでステージ優勝6回を果たしているポルトガル人、カルロス・スーザのリタイアだろう。中国のメーカーHavalは今大会13のSSを走行するはずだったのに・・・・。第1ステージ優勝の翌日、km33地点でターボが壊れて戦線離脱となった。
 
SMGバギーのパフォーマンスも印象的だった。カルロス・サインツ、今大会2度のステージ優勝、第4ステージで総合トップをとりながら、第10ステージのリエゾンで飛び出した動物によってリタイアを余儀なくされた。
 
さらにToyotaのジニエリ・ド・ヴィリエもコンスタントに総合上位につけ、最終ステージでも優勝、最終的にMini軍団に対抗する唯一のドライバーとして総合トップ5入りした。 
 
今日の大会ファイナルでは、ほぼ予想されていた通り、Miniの11台の内、総合1,2,3フィニッシュ。それに加えて、5台が総合トップ6入り、11台全車完走という、モータースポーツの上で非常に完成度の高い成果を出した。総合優勝のナニ・ローマは、モト部門で優勝してから10年ぶりの総合優勝。モト部門&オート部門の総合優勝者は、ユベール・オリオール、ステファン・ペテランセルに続いて3人目だ。Miniチームは、最終日の2日前スヴェン・クワンツ監督から、競争禁止という厳しいチーム・オーダーが言い渡されたにもかかわらず、その翌日順位が入れ替わった。さらに翌日の今日、最終ステージでチーム・オーダーどおりに収まった。
 
このチーム・オーダーがあったにせよ、10ステージで総合トップをキープし、一度はステファン・ペテランセルに奪われながら、再び総合トップを最終ステージで手にしたナニ・ローマのパフォーマンスも素晴らしい。一方のミスター・ダカールことステファン・ペテランセルも、常に総合上位につけ、アタックをしかけたにもかかわらず最終的に総合2位、トップと5’38”の差だった。しかし、今大会でも4度のステージ優勝を果たし、通算65度のステージ優勝はダカール・ラリー史最高記録。
 
今大会2度のステージ優勝を果たし、最終的に総合3位になったナセル・アルアティヤは、総合優勝のローマと56’52”の差だった。第10ステージでウェイ・ポイントを外して1時間のペナルティを食らわなければ、総合優勝を手にすることが出来たのにと言う悔しい思いが残る。
 
今日のステージ優勝を果たしたジニエリ・ド・ヴィリエは、最終総合4位だったが、彼の10回のダカール・ラリー参戦の内、トップ5に入るのが7度目という成果。
 
この他、注目したいのは、ポーランド人、マレック・ダブロウスキー、初参加で総合7位。中国のメーカーHavalで2年連続トップ10に導いた、クリスチャン・ラヴィエイユ。市販車無改造部門では、日本人、三橋淳が3度目のクラス優勝を果たす。ソロ部門(車に乗っているのがドライバー一人だけ)は、フランス人エリック・ベルナールがクラス優勝、総合23位だった。
 
クワッド部門では、イグナシオ・カザレ(Yamaha)の優勝。タイトル保持者のマルコス・パトロネッリ(Yamaha)は、第1ステージで優勝し、「ダカール・ラリーの本格的なレースはこれから」と言った翌日、脱水症でリタイアしてしまう。その後、カザレにとっては、ラファウ・サノク(Yamaha) やセルジオ・ラ・フエンタ(Yamaha)などベテラン強豪を相手に、決して楽なものではない。ライバル、ラ・フエンタは第5ステージで優勝すると総合トップに躍り出て、カザレと熾烈なバトルを繰り広げる、が、あと二日で最終ゴールを迎えるという第11ステージのkm272でエンジン・トラブル、レースを離脱していく。セバスチャン・フセイニ(Honda)の激しい追い上げにもめげず、ついに総合優勝。フセイニは総合3位。総合4位はカタール人モハメッド・アブ・イッサ。総合5位は、ルーキー、ヴィクトール・ガレゴス。レディス部門で、仏伊の混血カメリア・リポロティが総合13位で優勝。完走者15人のうちの13位だが、スタート時には40台のクワッドがいた。
 
カミヨン部門は、IvecoとKamazのいずれが優勝となるか、最後の最後まで目を離せないレースだった。最初のSSを制し、総合トップになったのがKamazのアイラット・マルデーブだが、最後総合優勝を手にしたのは、Kamazのアンドレイ・カルギノフだった。最終ステージ前日のSS、 カルギノフは順調に勝利に向けて走っていたが、SSの最後、ゴール手前で前を走るMINIのNO.319(Yong Zhou, 中国)が転倒し、コースをブロックされてしまう。10分ほどブロックされている間に、この難に会わずにゴールしたジェラルド・デ・ローイがステージ優勝、カルギノフは総合で9’34”の差をつけられる。夜になって、オフィシャルの調整が入り、ブロックされていた時間として5’20”が加算された。こうして、最終的に、ジェラルド・デ・ローイに3’11”の差で、カルギノフが初の総合優勝を手にした。総合準優勝はIvecoのジェラルド・デ・ローイにとられたが、Kamazチームは、総合3,4,5位と独占、華々しい成績。
 
カミヨン部門では、今大会、オランダ人、ピエテル・ヴェルスルイス(Man)の初参加にして初ステージ優勝、くしくも第3ステージでリタイアしてしまったが、アイラット・マルデーブ(Kamaz)の第1ステージ優勝、総合トップの記録なども特記したい。
 
排気量10リットル未満クラスで常連の優勝者、菅原照仁(HINO)が総合12位と驚異的な記録で、今年もクラス優勝。そして父菅原義正もクラス2位、総合32位で、参加数、完走数のギネス記録を伸ばした。
 

US – Stage 13 – Car/Bike – Stage Summary – (La… 投稿者 Dakar
 

エリック・パラントの訃報

 
去る1月10日朝8時50分、第5ステージ、チレシト → トゥクマンのSSのKm143でカミヨン・バレーが遺体となったパラントを見つけた。ベルギー人ライダー、エリック・パラントはリエージュで清掃業を営む会社経営者、5人の子供を持つ父親で、熱烈なモータースポーツファン。ダカール・ラリーは今回11回目の参加だった。今回は、ノー・アシスタンス部門での部門優勝を目指して意欲を燃やしていた。昨日主催者は、パラントからの警報は受けておらず、カタマルカ州警察が死亡状況・原因について調査を行っている。
 
「毎年、ビバークで顔を合わせていた馴染みのライダーなので、心が痛む。本当にバイクを愛していた人だった。本当に一生懸命エネルギーを注ぎ、トレーニングを積んでいた。再び家族の元へ帰れないことを思うととてもかわいそうだ。」とシリル・デプレが語る。
 
夜のブリーフィングでエチエンヌ・ラヴィニュ、ダカール・ラリー総監督が訃報を発表し、哀悼の意を表した。「発見された時、パラントはレース・ウェアを着て、ヘルメットを付けていた。(競技者が事故などを主催者に知らせる)ビーコンは押していなかった。原因がわかるのに、当局の調査結果を待たなければならない。とりわけ熱心なダカール・ラリーファンだっただけに、非常に悲しい。」と言葉を詰まらせていた。
過去36回のダカール・ラリー大会で、競技中に死亡した競技者は、これで23人目。(レキップ紙、2014/1/11)