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ダカールラリーの価値

モト、オート、カミヨンが一同に競技を行うモータースポーツ。そして林や数々の村、サハラ砂漠といったアフリカの広大な大自然。一見相反するような二つを融合させるというアバンギャルドなアイディアがダカールラリーでは実際に行われているのだ。ダカールラリーの発祥は、この相対する二つの世界を融合させ、よりより競合関係を築くというひらめきからだった。それはただのスポーツというよりは、むしろさまざまな意義が入り混じった、アドベンチャーの味の、未踏の大地との触れ合いであり、感動を作り出す奇妙なマシーンといえる。

28年の歴史を経て、>ダカールラリーとアフリカ<の関係は成熟期を迎えた。ただ好きというだけの寄り合いだったのが、やがて、いっしょに喜び、いっしょに仕事をする大人のパートナー同士の関係になったといえる。

常に切り開く

アフリカは果てしなく大きく、様々な顔を持つ。1973年に始まって以来、ダカールラリーはそれぞれの国との歴史を繰り広げながら、特有のテンポでそのアフリカを切り開いてきた。これら通過国との強固な絆は、何にもまさるダカールラリーの遺産である。ダカールはアフリカ有数の大都市というだけではなく、ダカールラリーの数多くの大会で最後のゴール地となった、大会のシンボルでもある。

共に作業をする

ダカールラリーではイベントのコース仮設定からグローバルな展望にいたるまで、主催者ASOとアフリカのパートナーたちが共に作業を進める。すべての段階において、より良く熟知している者同士が意見を分かち合って結論を出す。通過する国々の政府の省庁役人らを交えたインター・ミニストリアルコミッションと協議を重ねて、ラリー作りが行われる。このコミッションは通過国とダカールラリーの良好な関係のキィであり、競技を重ねたあげくに大会の通過許可を得られるようになる。

情熱をリレーする

通過する地域へのダカールラリーの恩恵は、経済効果だけではない。壮大なスケールのスポーツイベント、他に類を見ない世界最大のラリーレイドは、それぞれの国で様々な面で寄与している。たとえば、ダカールラリーの報道を通して、その国々のイメージを世界に提供している。政治とまったく切り離された角度から、現地の難しい生活環境や災害、砂漠化などのアフリカの現状に触れ、またアフリカの地理や文化を広く知らしめるのにも一役買っている。

アフリカを盛り上げる

ダカールラリーは、アフリカという未知なる国への憧れからヨーロッパで大変な成功を収めているが、アフリカの人々にもダカールラリーはたいへんな人気。その盛り上がり様は国によって違うが、このイベントがアフリカの人々を興奮の渦に巻き込むのに役立っていることは間違いないようだ。ダカールラリー人気はマリだけでなく、ブルキナファソ、セネガルでも大変なもの。延々と続く大会コースに並ぶファンの顔には、ダカールラリーに対する愛着があふれている。サハラ砂漠の奥地の人々がブラックアフリカの人々に比べて歓迎のジェスチャーが控えめであっても、ブラックアフリカの人々の歓迎振りが強烈だとしても、アフリカの人々がダカールラリーの競技者らと交流したい意欲は同じらしい。

アフリカの人々を尊重する

ダカールラリーは、アフリカの人々と 《共に生きる》という姿勢で相対してきた。アフリカの大地でイベントを行わせてもらって30年、ダカールラリーはそのアフリカからの贈り物に偉大なる尊敬を払っており、感謝の気持ちをきちんと表明しなくてはと考えている。そうした意味で、地元の人々の安全をできる限り優先すべきであると思う。主催者と競技者は、常に危険の可能性を認識し、それを回避するための努力を怠ってはならない。

環境を維持する

アフリカを尊重するということは、アフリカの環境保全を気遣うことでもある。ダカールラリーはコース設定の際に、“デリケート”な地域をできるだけ避けて、保護するような努力を傾けている。また、ASOはSOS Sahelとタイアップして、アクション・ダカールというアフリカの環境保全のボランティアを続けている。この活動は、まさにASOの考え方に合致するもので、コミュニティのリーダーがイニシアティブをとり、開発計画を長期にわたって行うというもの。